小さな星座早見盤は私の宝物だった。円盤をぐるりと回して日付と時刻の目盛りをあわせれば、楕円(だえん)の枠の中に星の数々が浮かぶ。その姿を目に焼き付けて夜、天を仰ぐ。星の名の不思議な響きをひとり口ずさんでは、幼い胸を躍らせた
▼いまはスマホのアプリがあるそうだ。先日初めて使ってみた。画面に導かれて東の空を探す。あ、あんなところに。くすんだ天球にぽつりと光る1等星は、こと座のベガ(織姫)だ。都心では見えないものと諦めきっていた
▼目を転ずれば、影となったマンションの上に、わし座のアルタイル(彦〈ひこ〉星)も瞬いている。しばし立ち尽くした。自分をよく知る旧友らと久しぶりに出会った時のような気持ち。こちらが気づかぬ間も、かなたで輝いていたのだろう。
〈真砂(まさご)なす数なき星の其(そ)の中に吾(われ)に向ひて光る星あり〉
ま‐さご【真▽砂】
細かい砂。まなご。いさご。「浜の—の数ほどもある
」
子規
▼ベガまでの距離は25光年。記者として歩き始めて間もないころに星を離れた光を、老いた目でつかまえる。途方もない広がりをもち、神秘にあふれる星空も、だが不変ではない
▼地球の自転軸は長い時間をかけて、コマのように首を振る。軸先が指す天球の位置は少しずつ移動しており、いまから
約1万2千年後には、ベガが「北極星」になる
そうだ
▼きょうは七夕。年に1度の逢瀬(おうせ)でこと足れりとしていると、他の仲間と一緒にベガの周りを回るだけになってしまうぞ、とアルタイルに伝えてやらねば。星を見上げて、想像をふくらませる。それだけで愉快な気分になってくる。
※《参考》七七事変
1937年(昭和12年)7月7日に始まる盧溝橋一帯での日中両軍の軍事衝突で、日中全面戦争の発端となった事件。中国では、「七・七事変」でもよいし、日本人にとって当時「北支事変」と称した。