手塚治虫は、締め切り当日なのに、代表作『ブラック・ジャック』が手つかずだったことがある。他の仕事を片づけた徹夜明けの脳みそで、手塚は土壇場から複数のあらすじ案をひねり出す
▼「案を四つ考えるんです(略)四つとも駄目だと(編集者が)いったら、もう一回四つ考える。その中で選んでもらうわけです」。作品のためなら時間も労力も惜しまない。鉢巻きをしめ、ペンを走らせる。吉本浩二、宮崎克著『ブラック・ジャック創作秘話』が伝える光景には、鬼気迫るものがある
▼そんな執念はもはや遺物なのか。最新号の週刊少年チャンピオンで、AIを使って描かれたブラック・ジャックを読んだ。機械の心臓を持つ少女の病気に挑む話だ
▼過去作を学んだAIが、人の求めに応じたシナリオ案を示し、新キャラクターの原画も作ってくれたそうだ。AIだから、四つどころか、何回だめ出しをしても全くめげずに案を出す。それが魅力だったと編集部はコメントしている
▼技術の進歩は速い。今回は人が創作の手綱をにぎったが、AIの補佐役になる日がいずれは来るかもしれない。その作品に、何かを表現したいという情熱は、どう刻まれているだろう。ものを生み出すことの価値とは。思いが去来した
▼かつての作品に、主人公が恩師の医者から問われる場面がある。「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね」。同じセリフをAIが書いたら、人は感動を覚えるだろうか。