徒然なる儘に ・・・ ⑤

心機一転、新たにブログ再開です💕 雑談を書くことも多いですけれど・・・(主に、電子ゲーム・ネタ💕)、残りは【新聞記事】にコメントを入れています💕

(社説)裁判傍聴動員 忘れられた教育の原点 社説 2024年8月5日 5時00分

 教育に携わる公務員としての良識や倫理は、どこへ行ってしまったのだろう。

 教員によるわいせつ事件の公判の傍聴に、横浜市教育委員会が多数の職員を動員したことについて、同教委が委嘱した弁護士による検証チームは、職務を逸脱し違法だったとする報告書をまとめた。

 市教委側は、被害に遭った児童生徒のプライバシー保護のため一般の傍聴者を排除するのが目的で、被害者側から要請されたと説明していた。

 しかし、報告書もいうように、職員を本来の業務から外して裁判所に出張させ、傍聴席を埋めることが正当な公務とは考えがたく、憲法が定める裁判の公開原則をゆがめた行為にほかならない。同じようなことを二度と起こさないための改革を進めなければならない。

 検証の対象となったのは、19年度以降、教員が被告で、横浜地裁で審理された4事件。報告書は、前教育長ら幹部の意思決定を経て、11公判に職員のべ414人を動員したと認定した。

 裁判の傍聴は原則先着順で、傍聴席数を超える人は入れない。市教委は席を埋められる数の職員に開廷前から並ぶよう伝えており、相当数の希望者が傍聴できなかっただけでなく、まさに業務上、傍聴すべき児童生徒の支援担当の児童相談所職員らも入れなかった。新聞報道で表面化していなかったら、さらに繰り返していたのだろうか。

 裁判の公開原則は、市民が個々の裁判をチェックすることが公正な司法につながり、事件の背景や再発防止の道筋を考える機会となるなど、民主社会を支えるものだ。そうしたしくみを教育する立場にあるはずの職員の行為なだけに、事態はいっそう深刻だ。

 意思決定の過程も不可解だ。報告書は、端緒とされる被害者側の意向確認も十分とはいえず、動員に異論を唱えた職員もいたが「真剣に議論された形跡はない」とも指摘した。「身内の擁護や不祥事の隠蔽(いんぺい)が目的ではない」と結論づけたが、市教委を挙げて、教員が被告の公判の傍聴機会を封じ込んだのでは、市民が隠蔽と受け止めるのは当然ではないか。

 動員がはらむ問題から目をそらした責任者も、ただ従った大方の職員も、教育者の原点に立ち返る必要がある。

 裁判手続きで被害者側の要請に対応すべきなのは、裁判所、検察庁ら司法関係者だ。近年、証人尋問の際の遮蔽(しゃへい)など、被害者を保護する手立てがとられてきた。安心して参加できる裁判か、この機に改めて見直してほしい。