「ケシ1粒を日に日に倍にすると120日目には何粒になるか」。江戸時代に広く読まれた算術書「塵劫記(じんごうき)」の問題だ。答えには0が32個並ぶ「溝(こう)」という単位が使われる。兆、京(けい)、垓(がい)、秭(し)、穣(じょう)の上の天文学的数字だ
▲ワットやバイトといった国際単位と合わせて使うメガやギガなどの接頭語の最大のものがクエタだ。デジタル化に伴う情報量の飛躍的な増大で昨年承認されたが、10の30乗で溝より2桁小さい。机上の計算とはいえ、現代を上回る巨大数を扱っていた江戸の人々に驚く
▲小さい方はそれほどでもない。「塵劫記」が記す最小の単位は「埃(あい)」(10のマイナス10乗)という。接頭語で最小のクエクト(10のマイナス30乗)に遠く及ばない。巨大な宇宙を眺められても極小世界は探究できなかったからか
▲むろん今も一般人には縁の薄い世界だ。半導体の発達で漢字なら埃より1桁上の「塵」と同じ単位になるナノはよく耳にするようになったが、アトは初めて聞いた。10のマイナス18乗、100京分の1といわれてもピンとこない
▲今年のノーベル物理学賞に決まった3人の研究者はアト秒単位の「光パルス」で短い時間で変化する電子の動きを捉えることを可能にした。「アト秒物理学」の開拓者と評される
▲「塵劫記」より極小の単位を記した中国の書物ではアトは「刹那(せつな)」。「虚空(こくう)」や「清(しょう)浄(じょう)」などが続くという。仏教の影響が色濃い言葉だ。巨大さの究極にある宇宙と同様に「アト秒物理学」もSFの世界のように思えてくる。