震災2カ月、断水なお1万9千戸 「もう戻れない」という被災者も

西晃奈 高井里佳子 石原剛文 岡純太郎
 

 水の供給を回復させることに時間を要し、能登半島地震の被災地では復旧がなお遠い。広範な液状化、移動を阻む交通事情など、いくつもの要因が重なった。住める環境がある場合でも、水がないために避難は長期化。被災者はどこで生活を続けるか、選択に直面している。

3時間掘り進めても

 いまも6640戸で断水が続く石川県輪島市。復旧率は2月29日時点で41・8%にとどまっている。

 2月24日朝、支援に入っている東京都水道局の職員らがアスファルトの道路を垂直に掘り進めた。前日に音聴器を使って地下の水道管を調べ、漏水の可能性があるとみていた場所だ。

 作業を始めて3時間後、地下1・2メートルにある黒い水道管がようやく見えた。だが、破損の様子はない。「さらに横に向かって掘り進め、漏水箇所を特定します。通水区間が1メートルも進まない日もあります」と技能主任の浜島達也さん(48)。応援は7日間で交代するが、期間内で400メートルの修理が目標という。浜島さんは東日本大震災などでも支援に携わったが、「今回の被害が最もひどい」と話す。

復旧を阻む壁はいくつも

 元日の強い揺れで、県内の浄水場や配水管は広範囲で破損し、約11万戸が断水となった。一帯は地下水が豊富で、地盤の液状化が発生してマンホールが地上に浮き上がるところが多く、下水道もダメージは大きい。中心部も断水している輪島市では東京都のほかにも九州や四国など7市の応援を受けているが、復旧は容易ではない。

 広範な被害に加え、復旧が進まなかった要因はいくつもある。まず、倒壊家屋だ。がれきが道路に突き出し、作業員の現地入りを阻んだ。家屋の下にある水道管の修理もできない。撤去には所有者の許可が必要だが、断水で避難者が帰還できず、工事が遅れるという悪循環が生まれている。

 また、作業時間の確保も難しかった。発災後、水がないために宿泊施設が稼働せず、作業員が作業現場まで片道で数時間かかる場所から通うケースが多かった。工事現場への経路が限られる半島特有の事情も重なった。

 さらに水道管の場所を示す管理図は、かつて市が住民から集めた情報を元にしたものもあり、正確ではないケースもあるという。施工業者の一人は「管があるはずのところになかったり、ないはずのところにあったりして、作業効率が悪い」と話す。

「完全復旧には1~2年」 遠のくふるさと

 県内の断水はこの2カ月で8割が復旧し、残りは約1万9千戸。だが、条件は異なるものの、被災後1週間で断水の9割が復旧した熊本地震、57%が回復した東日本大震災と比べると、時間がかかっている。

 下水道では、奥能登の管路393キロのうち、約65%が被災した。

 下水道の復旧工事はまず、地震によって下水管にたまった土砂を取り除き、水が流れるようにする。その上で、破損箇所の応急処理を進める。液状化で浮き上がったマンホールを削る作業も進めているが、浮いたマンホールで車が通れない地域もあり、作業に影響した。

 輪島市水道局の担当者は「市内の下水道が完全に復旧するには1~2年かかるだろう」と話す。

 徐々に道路事情が改善したことにより、上下水道の復旧のペースは上がっている。県は2月20日、現場に近い場所に宿泊施設を整備することも明らかにした。(西晃奈)

「戻るためにも、まず水道を」

 「住民が戻るためにも、まず水道を」。2月24日、輪島市を視察した岸田文雄首相に被災者の男性が訴えた。復旧がまだまだ進まず、その先も見通せない。故郷に戻るか、移住するか。1万1447人の避難者は揺れる思いを抱える。

 珠洲市の佐野蔀(しとみ)さん(85)と節子さん(83)は、加賀市の温泉旅館で避難生活を送る。県が準備した無料バスで故郷に一時帰宅した24日、ほっとした様子でこたつに入った。「やっぱり自分の家が一番いい」

 自宅は倒壊を免れたが、断水で入浴もできず、3週間前に2次避難所の旅館に移った。生まれ育った珠洲の街へ一刻も早く戻りたいが、旅館での滞在が許されている4月末まではとどまるつもりだ。「水回りが元に戻らなければ、人も戻れない」

避難所でのトイレの記憶 「今は金沢で」

 輪島市の浜木香織さん(41)は2月中旬、金沢市内にアパートを借りた。夫と、小学校2年から高校3年の子ども4人と生活する。

 被災直後の数日は自宅近くの集会所で過ごしたが、今もトイレにあふれた汚物の悪臭の記憶が頭にこびりついている。自宅は上下水道ともに復旧のめどが立っていない。「これからどうするか、まだ決められる状況じゃない。今は金沢で生活再建するのが現実的です」

 4月から家族で金沢市に移住する輪島市のスポーツインストラクター、松岡和香子さん(39)は、5人の子どもたちの教育を考えたという。だが、夫婦とも加賀市の避難所から輪島市の職場には遠くて通えず、休職中。夫は金沢市内で仕事を探すことも考えている。「なかなか復旧が進まず、状況は何も変わっていない」とこぼす。(高井里佳子、石原剛文、岡純太郎)

遅れによる損失は大きく

 金沢大学の宮島昌克名誉教授(ライフライン地震工学)は「地震の規模をあらわすマグニチュードは、近年の直下型地震で最大。多くの水道施設や水道管が壊れたことで、作業が追いついていない」と指摘する。

 土を掘って進める修理ではなく、地上に仮の配管を設置して上下水道を確保した方が早いが、大きな費用がかかるという。災害査定によって国から事業費が下りなければ、自治体は大きな赤字となるため、慎重にならざるを得ないとみる。

 水が出なければ避難者は家に帰れず、関連死が増えることも懸念される。なりわいの復興も遅れる。宮島さんは「遅れによる損失を考えると、お金を心配している場合ではない」と話す。

耐震化は全国の課題」

 今回のような断水について、宮島さんは「どこでも起きうる。水道管の耐震化は全国の課題だ」と話す。

 国は阪神大震災の経験を踏まえ、水道管の耐震化を自治体に促してきたが、進んでいない。厚生労働省によると、基幹的な水道管の耐震適合率は2021年度、全国平均で41・2%。石川県の平均は36・8%で、珠洲市は36・2%、輪島市は52・6%だった。

 水道管の老朽化が全国で進む一方で、中小の自治体は人口減で水道の収入も減り、耐震化の費用が重荷になっている。「今回を教訓に、耐震化も復旧工事も、政府が積極的に関わっていく必要があるのでは。国が本腰を入れないと、次の震災で同じことを繰り返すだけだ」(西晃奈)