川のせせらぎを聞きながら、小さな橋を渡る。泥濘(ぬかるみ)とコケの道を進み、杉林を抜けると、そこに「ルチャ・リブロ」はあった。奈良県の東吉野村に移住した青木海青子(みあこ)さん(39)たち夫婦が、自宅の古民家で蔵書を貸し出している私設の図書館である
▼訪ねたきっかけは、青木さんの著書『不完全な司書』を読んだことだ。図書館とは何か。パブリックとはいかなるものか。そんなことを綴(つづ)った文章にひかれた
▼図書館に入るには、縁側の下から木の階段をのぼる。そこで来訪者の多くは迷うそうだ。靴はどこで脱ぐのかなと。でも、あえて注意書きはしない。「尋ねてもらえばいいし、何か考えてほしいと思うのですよね」。青木さんはやさしく言った
▼禁止行為を記した看板が大量に立ちならぶ公園の話が、頭に浮かぶ。駅で連呼される「ご注意ください」の構内放送もそうだ。必要であっても、管理する側の論理ばかりが前面に出れば、窮屈で、居心地が悪くてたまらない
▼本来、公共の場とは、もっとのんびりできる場所ではなかったか。もっと対話があって、利用者たちが自ら考え、かかわることができる空間ではなかったのか。「何だか、パブリックがやせ細ってきている感覚がないですか」。青木さんの問いかけである
▼ソファに座り、お薦めの書のことを聞いていると、のそりと黒っぽい猫がやってきた。「館長です」と紹介された。その大きなおなかを撫(な)でながら、本の頁(ページ)をめくる。静かな時間が、豊かに流れていった。