イランは14日、イスラエルに対し、数百機のドローン(無人機)やミサイルを使った攻撃を仕掛けました。かねてイランはイスラエルとの直接衝突には慎重だと言われてきましたが、なぜ今回、攻撃に踏み切ったのか。イラン政治が専門の松永泰行・東京外国語大学教授に聞きました。
――今回の攻撃をどう受け止めましたか。
私の知る限り、イランからイスラエルへ直接攻撃するのは今回が初めてです。そもそもイランがイスラエルまで届くミサイルを持ったのは、この10年ほどとみられます。
――なぜイランは今回、攻撃に踏み切ったのでしょうか。
4月1日にシリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館がイスラエル軍によって空爆されました。この攻撃に対する報復だとしています。最高指導者のハメネイ師以下、イランの高官らは報復を宣言していました。問題は攻撃のタイミングやその形態でした。
結果として、攻撃は非常に抑制的だったと思います。大使館への空爆で、イラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」の司令官ら7人が殺害されました。革命防衛隊の中でも上位15人に入るような高官も含まれていましたが、今回の攻撃は人的・物的な被害を狙ったようなものではありませんでした。
戦争になれば「現体制の存亡に関わる」
――イスラエル軍によると、イランは約170機のドローンと、約120発の弾道ミサイルを発射しました。これは被害を狙っていないのでしょうか。
この規模の攻撃が毎日続けば別ですが、1回の攻撃としては決して大きい数ではありません。また、イランがもしイスラエル側に人的・物的な被害を出そうとするなら、不意打ちで弾道ミサイルを市街地に向けて発射すると思います。
でも、今回は、攻撃を開始した直後に声明を出し、攻撃を公表しました。攻撃対象も、イスラエルが占領するゴラン高原やイスラエル南部の砂漠地帯にある軍事施設だったとされています。いずれも人口密集地ではありません。
大量のドローンが使われましたが、ドローンはイスラエルに到達するまでに数時間かかります。迎撃してください、と言っているようなものです。
イスラエル側の迎撃能力を計算した上での攻撃だったと思います。
――なぜ被害を出さないような攻撃形態になったのでしょうか。
イランがイスラエルとの全面衝突を避けたいからでしょう。イランは戦争になっても周辺国からの支援を見込めず、現体制は国民から広く支持されているわけではないため、戦争を継続することも難しいでしょう。他方でイスラエルは軍事能力が高く、米国の支援もある。
戦争になれば、イランの現体制の存亡にも関わります。
イランとしては1回で終わらせたいが…
――衝突を避けるならば、攻撃しないほうがいいのではないでしょうか。
報復攻撃をする安全保障上の必要性があったと考えています。大使館を攻撃されたのに報復しなければ、イランには反撃する意思や能力がないとみなされかねません。
イスラエルに到達する攻撃能力を見せることで、将来の攻撃を抑止する。たとえば弾道ミサイルの一部が着弾したといわれるイスラエル南部の空軍基地は、イラン南西部のミサイル基地から1500キロ超の距離にあります。同じくイラン南西部から約1500キロにあるエルサレムが射程内だということを示したと思います。
――攻撃に踏み切ったのは、イラン国内の事情もあるのでしょうか。
イランの現体制の支持層をなだめるため、という側面はあったと思います。
直接的な原因は4月1日の大使館攻撃でしたが、イスラエル軍による革命防衛隊の幹部の殺害は10月7日以降、くり返されてきました。そうした積み重ねの上に今回の攻撃はあります。
ただ、多くの国民は、革命防衛隊が外国で活動することを支持しておらず、報復を求める世論が大きかった、とは言えないと思います。
――今後はどうなりますか。
イランとしては、攻撃は1回きりで終わらせたいでしょう。イラン側は、大使館攻撃に対する正当防衛だったとする立場を表明しています。米国のバイデン大統領もイスラエルに対して反撃しないように求めており、外交が舞台になっていくのではないでしょうか。
ただイスラエルがどのような動きをとるのかは読めません。イランにとっては大使館攻撃への報復だったわけですが、イスラエルはさらなる報復だといって攻撃を仕掛けるおそれがあります。(聞き手・真野啓太)